試験問題(過去問)に関する考察【内有毛細胞・外有毛細胞・耳の構造について】 2025/10/25
専門知識の再確認:外有毛細胞(OHC)機能の理解と
補聴器フィッティングへの示唆
認定補聴器技能者試験の過去問解析を通じて、聴覚生理学における最も重要なテーマの一つである内有毛細胞(IHC)と外有毛細胞(OHC)の役割分担を再確認することは、お客様の訴えやオージオグラムの特性を深く理解するために不可欠です。
1.外有毛細胞(OHC)の機能的役割
OHC(3列)とIHC(2列)は、蝸牛内のコルチ器に位置していますが、その働きは明確に分かれています [1]。
- 内有毛細胞(IHC): 主に音を感じ取り、神経線維を通じて信号を中枢へ送る役割を担います [1]。
- 外有毛細胞(OHC): 音の知覚のプロセスを「修飾」する、動的な役割を果たします [2, 3]。
【OHCの二大機能と補聴器への示唆】
OHCが規定版の振動を「修飾」するとは、以下の二つの重要な作用を指します。これらの機能の破綻が、感音難聴特有の症状を引き起こします。
- 音の増幅(非線形利得):
- OHCは、小さい音に対しては積極的に動き、音を増幅させる機能を持っています [1, 4]。これにより、非常に微細な音も知覚可能になります [4]。
- しかし、音の大きさが増すと、OHCの増幅作用は弱まります(休止または「サボり始める」) [4, 5]。
- 示唆: このOHCによる音量に応じた利得制御(コンプレッション)の喪失こそが、現代補聴器がWDRC(広域ダイナミックレンジ圧縮)技術を用いて、自然な聴覚に近い非線形処理を再現する必要がある根本的な理由です。
- 周波数分解能の鋭化(シャープニング):
- OHCは、特定の周波数に対応する蝸牛規定版の振動を鋭くさせ、隣接する周波数帯の動きを抑制する作用があります [4, 6]。
- これにより、音の識別が明瞭になり、音が「ぼやける」のを防ぎます [4, 6]。
- 示唆: OHCが傷つくと、この周波数分解能が低下し、お客様は「音は聞こえるが、言葉の区別がつかない」「雑音下で特に聞き取れない」といった訴えにつながります [6]。
2.難聴症状:補充現象(リクルートメント)の機序
感音性難聴で広く見られる補充現象(リクルートメント)の主要な発生要因も、OHCの機能喪失と関連しています [5]。
- 補充現象とは、小さい音が聞こえにくいにもかかわらず、ある一定の大きさ以上の音に対して過剰に大きく感じてしまう現象です [5]。
- これは、正常聴ではOHCが行っていた「小さい音を上げ、大きい音は上げすぎない」という自然なコンプレッション機能が失われることで起こります [5]。
- 重要な点: 補充現象は、聴神経が減少すること(選択肢2)とは直接的な関係はないと考えられています [5]。主な要因は、前述の通り、音の大小によって増幅・抑制を行うOHCの損傷です [5]。
3.その他の解剖学的事項の確認
試験問題に含まれていた他の選択肢についても、お客様への耳の解剖に関する説明や、装用指導の基礎として重要です。
- 外耳道共鳴周波数: 外耳道に音が入る際の共鳴周波数を決定するのは、外耳道の長さであり、太さではありません [7]。外耳道共鳴はおおよそ3kHz帯で起こります [7]。
- 耳小骨の接続: 鼓膜と直接接着しているのはツチ骨(土骨)であり、アブミ骨(アミ骨)は蝸牛の卵円窓に最も近い位置にある耳小骨です [2, 7]。
4.結語:お客様の「聞き取り」への応用
OHCの損傷によって、単に聴力レベルが低下するだけでなく、周波数分解能の低下(音のぼやけ)や補充現象(音の過敏さ)といった複雑な症状が発生します [5, 6]。
補聴器販売従事者として、この基礎的な生理学を理解することは、オージオグラムの読み取りだけでなく、「聞こえ」の質に関するお客様の細かな訴えを解釈し、フィッティングパラメーター(特にコンプレッション設定)を最適化するための重要な洞察を与えてくれます。
