第3部では、日本語でことばを区別する手がかりとして、母音や子音の種類、音の長さ、高さの変化を見てきました。

では、その違いは、実際の音のどこに表れているのでしょうか。

この部では、録音した音を図で見ながら、聞き分けの手がかりを探します。さらに、その手がかりを捉えるために、どのような聴覚の働きが関わるのかを考えます。

同じ音を、3つの見方で見る

音声(用語一覧の説明へ)音声(おんせい)人が発声器官を使って作る、話しことばの音。この部の用語一覧で見るは、時間とともに変化する空気の圧力の振動です。録音すると、その変化を電気的な信号や数値として記録できます。

ここでは、成人男性1名が「あー」「いー」と発声した録音を、3種類の図で表しています。

録音:「あー」「いー」

録音の内容:「あー」「いー」(約7秒。「あー」は約0.9〜1.9秒、「いー」は約3.5〜4.6秒)

教育用に録音した個人の発声例です。聞こえの検査や判定には使えません。

音声提供:浜井啓太

「あー」「いー」の同じ録音を3つの図で表示。①波形:横軸は時間(0〜7秒)、縦軸は振幅(録音値)。約1〜2秒に「あー」、約3.5〜4.6秒に「いー」の発声がある。上下は録音信号の正負で、声の高低ではない。②スペクトログラム:横軸は①と同じ時間、縦軸は周波数(0〜5 kHz)、明るい色ほどその成分が強い。③スペクトル:「あ」1.38〜1.42秒と「い」3.98〜4.02秒の各40ミリ秒を取り出し、横軸を周波数(0〜5 kHz)、縦軸を相対レベル(dB)として左右に比較。細かく並ぶ山は主に倍音で、フォルマントはその山を1本ずつ数えたものではない。②は表示全体、③は各母音の表示範囲の最大値を0 dBとしており、声量の比較や音圧レベルの測定ではない。

拡大して見る(図:録音を3つの見方で見るの画像を開きます)

図:録音を3つの見方で見る

最初からすべてを読み取る必要はありません。まず、図ごとに軸が違うことを確認しましょう。

3つの図の軸と見ること
図横軸縦軸・色主に見ること
波形(はけい)時間縦軸は録音信号の振幅いつ音があり、どのように変化したか
スペクトログラム時間縦軸は周波数、色は成分の相対的な強さどの周波数の成分が、いつ現れたか
スペクトル周波数縦軸は成分の相対的な強さ選んだ短い区間に、どんな成分が含まれるか

振幅(用語一覧の説明へ)振幅(しんぷく)振動や信号の振れの大きさ。録音波形の上下は声の高さではない。この部の用語一覧で見る(しんぷく)は、振動の振れの大きさです。波形の上下は録音信号の正負を表しており、声が高い・低いという意味ではありません。

周波数(用語一覧の説明へ)周波数(しゅうはすう)振動が1秒間に繰り返される回数。単位はHz。この部の用語一覧で見る(しゅうはすう)は、振動が1秒間に何回繰り返されるかを表します。単位はHz(用語一覧の説明へ)Hz(ヘルツ)周波数の単位。1Hzは1秒間に1回の繰り返し。この部の用語一覧で見る(ヘルツ)で、1,000 Hzは1秒間に1,000回の振動です。

上の図の②スペクトログラム(用語一覧の説明へ)スペクトログラム周波数成分が時間とともにどう変わるかを、時間・周波数・色の強さで示す図。この部の用語一覧で見るでは、明るい色ほど、その周波数成分が相対的に強いことを表しています。

下段のスペクトル(用語一覧の説明へ)スペクトルある区間の音に含まれる周波数成分と、その強さの関係を示したもの。この部の用語一覧で見るは、「あ」と「い」からそれぞれ選んだ短い区間の比較です。ここでは、声の大きさではなく、どの周波数付近に成分が強く表れているかを見比べてください。

なお、図の値は録音信号から求めたものです。耳元での音の大きさを測定した値ではなく、「あ」と「い」の声量を比較する表示でもありません。

声の高さと、母音の違いは別の手がかり

同じ「あ」でも、高い声で言うことも、低い声で言うこともできます。一方、声の高さをあまり変えずに「あ」から「い」へ変えることもできます。

この違いを理解するために、3つの用語を整理します。

基本周波数(用語一覧の説明へ)基本周波数(きほんしゅうはすう)別の呼び方・略号:F0(エフゼロ)周期的な音の基本的な繰り返しの速さ。F0と書き、声の高さに関わる。この部の用語一覧で見る(きほんしゅうはすう)は、声の振動の基本的な繰り返しの速さです。F0(エフゼロ)とも書き、声の高さに関わります。1回の繰り返しにかかる時間を、周期(用語一覧の説明へ)周期(しゅうき)繰り返す振動の1回分にかかる時間。この部の用語一覧で見る(しゅうき)といいます。

声帯の周期的な振動による声には、基本周波数だけでなく、その整数倍の周波数成分が含まれます。これらを倍音(用語一覧の説明へ)倍音(ばいおん)基本周波数の整数倍にあたる周波数成分。ここでは主に2倍以上の成分を指す。この部の用語一覧で見る(ばいおん)と呼びます。

例えば基本周波数が100 Hzなら、200 Hz、300 Hz、400 Hz……といった成分が現れます。

一方、母音の違いに深く関わるのが、フォルマント(用語一覧の説明へ)フォルマント声道の共鳴によって生じる特徴的な周波数領域。母音の違いを捉える手がかりになる。この部の用語一覧で見るです。

のどや口の中など、声の通り道を声道(用語一覧の説明へ)声道(せいどう)のどや口の中など、声の響きを変える通り道。この部の用語一覧で見る(せいどう)といいます。声道では、その形に応じて、特定の周波数付近の音が強められます。このような共鳴(用語一覧の説明へ)共鳴(きょうめい)物や空間の形・大きさなどに応じて、特定の周波数付近の振動が強められる現象。この部の用語一覧で見る(きょうめい)によって生じる特徴的な周波数領域を、フォルマントと呼びます。その中心となる周波数がフォルマント周波数で、低い方から第1フォルマント・第2フォルマントと呼び、F1(用語一覧の説明へ)第1フォルマント(だいいちフォルマント)別の呼び方・略号:F1(エフワン)低い方から数えた最初のフォルマント。F1と書く。スペクトルの最初の細い山という意味ではない。この部の用語一覧で見る(エフワン)・F2(用語一覧の説明へ)第2フォルマント(だいにフォルマント)別の呼び方・略号:F2(エフツー)低い方から2番目のフォルマント。F2と書く。F0の2倍という意味ではない。この部の用語一覧で見る(エフツー)と書きます。

スペクトルに並ぶ細かい山を、低い方から一つずつF1、F2と数えるわけではありません。細かい山は主に倍音に対応し、フォルマントは、それらの成分が強められる周波数領域に関わります。

基本周波数とフォルマントを、分けて見る

基本周波数・倍音・フォルマントを同じ周波数の軸(0〜3,000 Hz)で比べる3段の模式図。青緑の縦線が音の成分(基本波と倍音)、橙の破線が成分の強弱を包む大まかな形(スペクトル包絡)で、その山がF1・F2・F3。A 基準となる声:F0=100 Hzで、成分は100、200、300 Hz…と並ぶ。B 声の高さを変える:F0=200 Hzで縦線の間隔は広がるが、響きの山の位置はAと同じ。C 声道の響きを変える:F0=100 Hzのままで縦線の間隔は同じだが、響きの山の位置が変わる。縦線の間隔がF0、響きの山の位置がF1・F2・F3。数値は説明用で実測値ではない。

拡大して見る(図:基本周波数・倍音・フォルマントの画像を開きます)

図:基本周波数・倍音・フォルマント

この図は、原理を説明するための模式図です。「録音を3つの見方で見る」の図の「あ」「い」の測定結果そのものではありません。

まず、声道の共鳴の条件を同じにして、基本周波数だけを変えた例を見ます。基本周波数が高くなると、倍音どうしの間隔も広くなります。

次に、基本周波数を同じにして、声道の共鳴の条件を変えた例を見ます。倍音の間隔は同じでも、強められる周波数領域が変わります。

ここで押さえたいのは、声の高さを変えることと、母音の響きを変えることは、同じではないという点です。

ただし、実際の発声では両方が同時に変化することもあります。図は、それぞれの役割を理解するために分けて示しています。

子音の違いは、時間変化にも表れる

子音の違いを見るには、周波数成分だけでなく、音が弱くなる区間や、短い変化、音の続き方にも注目します。

ここでは、前後の母音を「あ」にそろえた「あた・あさ・あな」の録音を比べます。「あた」は、意味のある単語としてではなく、音を比較するための発音例です。

録音:「あた」「あさ」「あな」

録音の内容:「あた」「あさ」「あな」(約7.6秒。この順に発音しています)

教育用に録音した個人の発声例です。聞こえの検査や判定には使えません。

音声提供:浜井啓太

「あた」「あさ」「あな」の録音を、それぞれ0.6秒の波形(上)とスペクトログラム(下、0〜10 kHz)で比較。あた(t:破裂音):通り道を閉じて開く。中央に音が弱くなる区間があり、その後に開放時の短い変化。あさ(s:摩擦音):狭いすき間へ息を通す。中央で高い周波数に摩擦の成分が続く。あな(n:鼻音):舌で口の通り道を閉じ、鼻へ息を通す。中央でも周期的な振動が続き、母音とは響き方が変わる。各例は同じ時間幅・振幅目盛り・色の基準で表示。破線は注目区間の目安で、音の境界を厳密に決めたものではない。

拡大して見る(図:子音の違いと時間変化の画像を開きます)

図:子音の違いと時間変化
「あた・あさ・あな」で注目する特徴
発音例注目する特徴
あた中央で音が弱くなる区間があり、その後に短い変化が見られる
あさ中央で、高い周波数の領域に摩擦による成分が続く
あな中央でも周期的な振動が続き、成分の分布が前後の母音から変わる

「た」の子音は、空気の通り道をいったん閉じてから開放(用語一覧の説明へ)開放(かいほう)調音で閉じていた通り道を開くこと。この部の用語一覧で見るして作る破裂音(用語一覧の説明へ)破裂音(はれつおん)空気の通り道をいったん閉じ、その後に開放して作る音。この部の用語一覧で見る(はれつおん)です。「さ」の子音は、狭い通り道に息を通して作る摩擦音(用語一覧の説明へ)摩擦音(まさつおん)通り道を狭め、そのすき間を通る息の流れで作る音。この部の用語一覧で見る(まさつおん)です。

「な」の子音は、鼻へ空気を通して作る鼻音(用語一覧の説明へ)鼻音(びおん)口の通り道を閉じる一方、鼻へ空気を通して作る音。「ま・な」の子音など。この部の用語一覧で見る(びおん)です。口の中の通り道を閉じても、鼻へ空気を通せるため、「閉じているから無音」とは限りません。

図の破線は、特徴を見るための目安です。そこできれいに母音と子音が分かれるとは限らず、隣り合う音へ移る途中の変化も、聞き分けの手がかりになります。

この図では、どこに成分があるかという周波数の特徴と、いつ・どのくらい続くかという時間の特徴を、合わせて見ることが大切です。

聴覚は、こうした手がかりをどう捉えるのか

図で見える特徴を、私たちが会話中に一つずつ分析しているわけではありません。聴覚の仕組みが、音の特徴や変化を捉えることを支えています。

ここでは、3つの観点から整理します。

音の存在を捉える

まず、その音や成分が聞こえる必要があります。

聞こえにくい周波数の成分や、弱い音の部分があれば、声全体には気づいていても、ことばの区別に必要な手がかりの一部を利用しにくくなることがあります。

補聴器で必要な音を聞こえやすくすることは、この点を支える重要な方法です。ただし、音が聞こえるようになることと、その細部を区別できることは、同じではありません。

周波数成分を分けて捉える

音に含まれる異なる周波数の成分を分けて捉える働きを、周波数選択性(用語一覧の説明へ)周波数選択性(しゅうはすうせんたくせい)音に含まれる、周波数の近い成分を聴覚がどの程度分けて扱えるかに関わる働き。「高い音か低い音か」を判断する能力と同じ意味ではない。この部の用語一覧で見る(しゅうはすうせんたくせい)といいます。

この働きは、母音のフォルマントなど、周波数成分の分布の違いを利用する土台になります。「高い音か低い音か」を判断する能力と、まったく同じ意味ではありません。

内耳の働きが損なわれるタイプの難聴では、この選択性が低下する場合があります。その場合、音を大きくして聞こえやすくするだけでは、成分の分布の違いを十分に捉えられないことがあります。

時間的な変化を捉える

音声には、始まりと終わり、長短、短い途切れ、強さの変化などがあります。聴覚は、こうした時間的な特徴も利用しています。

そのうち、短い間隔で起きる変化を区別する能力を、時間分解能(用語一覧の説明へ)時間分解能(じかんぶんかいのう)短い間隔や速い変化など、音の時間的な細部を捉える能力。この部の用語一覧で見る(じかんぶんかいのう)といいます。

ただし、音の長さを比べること、細かな振動の繰り返しを捉えること、速い会話の意味を理解することを、すべて一つの能力として扱うことはできません。

また、短い変化の捉えやすさには、音が十分に聞こえているか、どの周波数の成分を利用できるかも関わります。難聴があれば、時間に関する能力がすべて同じように低下するわけではありません。

手がかりを利用しにくいとき、何を補うのか

ここまでの説明から、聞き取りを支える方法には、異なる役割があることが分かります。

補聴器などで音を利用しやすくすること。話し方を整えて、ことばの特徴を捉えやすくすること。文脈や文字など、別の手がかりを加えることです。

例えば、早口を少し緩め、意味のまとまりで区切る工夫は、音の流れを追い、内容を理解する余裕を作るためのものです。時間分解能そのものを回復させる方法という意味ではありません。

文字を添えることも、聴覚の働きを元に戻すのではなく、音だけでは確かめにくい内容を、別の方法で確かめられるようにする支援です。

聞こえにくさを補うとは、必ずしも、失われた働きを一つずつ元に戻すことではありません。利用できる手がかりを組み合わせて、ことばの理解を支えることも含まれます。

周囲の音や複数の話し声が重なるときには、音をまとまりとして捉え、相手の声に注意を向ける働きも関わります。騒がしい場所での聞き取りを含む聴覚の仕組みは、りえそんの「HearScience — 聴覚のしくみと脳の科学」で解説しています。

次の部では、ここで見た音の特徴が、息や声帯、舌、唇などの動きによって、どのように作られるのかを見ていきます。

この部で使った用語

本文中の点線の下線が付いた用語は、押すと説明を開けます。ここには、この部の本文・図・表に出てくる用語をまとめています。

音声(おんせい)
人が発声器官を使って作る、話しことばの音。
波形(はけい)
録音信号などが時間とともにどう変化するかを線で示した図。
振幅(しんぷく)
振動や信号の振れの大きさ。録音波形の上下は声の高さではない。
周波数(しゅうはすう)
振動が1秒間に繰り返される回数。単位はHz。
Hz(ヘルツ)
周波数の単位。1Hzは1秒間に1回の繰り返し。
kHz(キロヘルツ)
周波数の単位。1kHzは1,000 Hz。
スペクトログラム
周波数成分が時間とともにどう変わるかを、時間・周波数・色の強さで示す図。
スペクトル
ある区間の音に含まれる周波数成分と、その強さの関係を示したもの。
dB(デシベル)
ある基準に対する比を対数で表す単位。何を基準にした値かで意味が変わる。
相対レベル(そうたいレベル)
ある基準(図では最大値を0 dBとすることが多い)に対する成分の強さ。耳元の音の大きさや声量そのものではない。
基本周波数(きほんしゅうはすう)
周期的な音の基本的な繰り返しの速さ。F0と書き、声の高さに関わる。別の呼び方・略号:F0(エフゼロ)
周期(しゅうき)
繰り返す振動の1回分にかかる時間。
倍音(ばいおん)
基本周波数の整数倍にあたる周波数成分。ここでは主に2倍以上の成分を指す。
基本波(きほんは)
周期的な音に含まれる成分のうち、基本周波数にあたる成分。
フォルマント
声道の共鳴によって生じる特徴的な周波数領域。母音の違いを捉える手がかりになる。
声道(せいどう)
のどや口の中など、声の響きを変える通り道。
共鳴(きょうめい)
物や空間の形・大きさなどに応じて、特定の周波数付近の振動が強められる現象。
第1フォルマント(だいいちフォルマント)
低い方から数えた最初のフォルマント。F1と書く。スペクトルの最初の細い山という意味ではない。別の呼び方・略号:F1(エフワン)
第2フォルマント(だいにフォルマント)
低い方から2番目のフォルマント。F2と書く。F0の2倍という意味ではない。別の呼び方・略号:F2(エフツー)
第3フォルマント(だいさんフォルマント)
低い方から3番目のフォルマント。F3と書く。別の呼び方・略号:F3(エフスリー)
スペクトル包絡(スペクトルほうらく)
スペクトルに並ぶ細かい成分の強弱を、上から包むようになぞった大まかな形。
破裂音(はれつおん)
空気の通り道をいったん閉じ、その後に開放して作る音。
摩擦音(まさつおん)
通り道を狭め、そのすき間を通る息の流れで作る音。
鼻音(びおん)
口の通り道を閉じる一方、鼻へ空気を通して作る音。「ま・な」の子音など。
閉鎖(へいさ)
調音器官で空気の通り道を閉じること。
開放(かいほう)
調音で閉じていた通り道を開くこと。
周波数選択性(しゅうはすうせんたくせい)
音に含まれる、周波数の近い成分を聴覚がどの程度分けて扱えるかに関わる働き。「高い音か低い音か」を判断する能力と同じ意味ではない。
時間分解能(じかんぶんかいのう)
短い間隔や速い変化など、音の時間的な細部を捉える能力。

参考資料

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