ここまで、ことばを理解する全体像から、日本語で聞き分ける違い、音の特徴、発声や口の動きへと掘り下げてきました。

会話では、音の存在に気づくだけでなく、その特徴を捉え、ことばや意味と結びつけています。文脈や見える情報も、その理解を支えています。

では、聞き取りにくいときには、何をどう変えればよいのでしょうか。

ここまで見てきた仕組みを、会話の中で使える工夫につなげてみましょう。

音を利用しやすくする

ことばの聞き分けに必要な音が届いていなければ、その手がかりを使うことは難しくなります。

補聴器を本人の聞こえに合わせて調整することや、話す距離、周囲の音に配慮することは、必要な音を利用しやすくする方法です。

ただし、第4部で見たように、音が聞こえることと、その細部を区別できることは同じではありません。補聴器を使っていても、聞き取りにくさが残る場合があります。

「補聴器をつけているから伝わるはず」と考えるのではなく、実際の会話で何が分かりにくいのかを確かめ、ほかの伝え方も組み合わせます。

自然な話し方で、音の違いを伝える

日本語では、母音(用語一覧の説明へ)母音(ぼいん)口の通り道を強く閉じたり狭めたりせず、響きの違いで区別する音。「あ・い・う・え・お」など。この部の用語一覧で見るや子音(用語一覧の説明へ)子音(しいん)空気の通り道を閉じたり狭めたりするなどして作る音。「か」の最初の音[k]など。この部の用語一覧で見るの種類だけでなく、長さや高さの変化も、ことばを捉える手がかりになります。

伝え直すときは、声の大きさを上げることだけに集中せず、自然にはっきり話すことを基本にします。

特に、「ゆっくり話す」を、一音ずつ長く引き伸ばすことと考えないようにします。例えば、「あ・し・た・の……」と細かく区切るよりも、

明日の予約ですが、〔間〕午後2時に来てください

のように、意味のまとまりで区切り、相手が理解する時間を取る方法があります。

これは、聴覚の機能そのものを回復させるのではなく、音の流れや内容を追いやすくするための工夫です。速さや間の取り方は、本人の反応を見ながら調整します。

見える手がかりも使えるようにする

第5部では、唇やあごの動きは見えても、舌の奥や声帯の動きは見えにくいことを確認しました。

相手が見える位置で話し、口元を手などで隠さないことは、見える手がかりを使いやすくする工夫です。口を大げさに動かす必要はありません。

ただし、口の形だけで、すべての音を区別することはできません。また、相手の顔を見ることが、誰にとっても同じように役立つわけではありません。

「口を見てください」と一方的に求めるのではなく、本人が使いやすい情報や方法を確かめます。

話の見通しを共有する

音の一部が曖昧でも、何の話をしているのかが分かっていると、ことばや意味の候補を考えやすくなります。

例えば、いきなり日時を伝える前に、

来週の予約の話ですが……

と話題を示すことで、これから何について聞くのかを共有できます。

また、第1部の「そこに置いてください」のように、省略や指示語が多い表現では、聞き取れていても内容が曖昧になることがあります。

この書類を、机の上の青いトレーに置いてください

と具体的に伝えれば、相手が状況から補わなければならない情報を減らせます。

文脈(用語一覧の説明へ)文脈(ぶんみゃく)前後のことばや話題、状況など、意味を考える手がかり。この部の用語一覧で見るを増やすことに加えて、推測しなくても分かる表現にすることも大切です。

同じことばの繰り返しから、伝え方の変更へ

一度聞き逃しただけなら、同じことばをもう一度伝えることで分かる場合があります。

一方、同じ表現を繰り返しても伝わりにくいときは、ことばや伝える方法を変えてみます。

例えば、「次回の来店日」という表現が分かりにくければ、「次にお店に来る日」と言い換えられます。

音の並びが変わることで聞き取る手がかりが変わり、なじみのある表現にすることで意味も捉えやすくなります。ただし、言い換えるときには、もとの内容を変えないようにします。

名前や数字など、別のことばに置き換えにくい情報は、文字で示す方法が適しています。

文字や図など、別の方法で伝える

音声だけでは確かめにくいときは、文字、字幕、写真、図、指さしなどを使う方法があります。

例えば「午後2時です」と話しながら「14:00」と書けば、時刻を文字でも確かめられます。場所を説明するなら、地図や写真の方が伝わりやすい場合もあります。

こうした方法は、聴覚の働きを元に戻すものではありません。同じ内容に、別の経路からたどり着けるようにする方法です。

文字を使う場合も、本人が読みやすい大きさや表現を選びます。自動字幕や音声認識には誤りが生じるため、名前・数字・否定表現など、重要な部分は内容を確かめます。

手話を主な言語としている人との会話

相手が手話(用語一覧の説明へ)手話(しゅわ)手や体の動き、表情などの視覚的な表現を使う言語。音声の口の動きを読む読話とは異なる。この部の用語一覧で見るを主な言語としていて、話し手も手話でやりとりできる場合は、手話を使って伝えられます。

話し手が手話を使えない場合は、筆談やスマートフォンでの文字入力、写真・図・実物を示す方法などから、本人が利用しやすい方法を確かめます。簡単な用件なら、対象を指さしながら短い文で示す方法もあります。

ただし、文字による日本語の読みやすさにも個人差があります。「書けば必ず伝わる」とは考えず、具体的で分かりやすい表現を使い、内容が伝わったかを確認します。

複雑な説明や重要な意思確認では、本人の希望に応じて手話通訳を利用するなど、十分にやりとりできる方法を整えます。

必要なところを、一緒に確認する

内容が明確に伝わっていれば、すべての発言を確認し直す必要はありません。

一方、曖昧なところや、日時・金額など間違えると困る内容では、確認することが役立ちます。

「2時ですね」
「はい、午後2時です」

このように具体的な内容をやりとりすると、「分かりましたか?」という問いだけでは見えにくい行き違いに気づけます。

文字で示した時刻を一緒に見るなど、声に出して言い返す以外の方法でも確認できます。

確認は、聞き手を試すためのものではありません。「私の伝え方で合っていたか、ここを一緒に確認しましょう」という姿勢で行います。

本人に合った方法を、組み合わせる

ここまで学んだことと会話での工夫を4組で結んだ図。01 音の違いを捉える(音の長さや短い変化が聞き分けの手がかり)→ 急がず、自然にはっきり話す:文や意味のまとまりで区切り、相手の反応を待つ。一音ずつ引き伸ばす必要はない。02 見える情報も使う(口の動きや表情も理解の手がかり)→ 顔が見える位置で話す:相手に顔を向けてから、自然な口の動きで伝える。口元だけですべての音を区別できるわけではない。03 話題を共有する(文脈があると、ことばの候補を絞り込みやすい)→ 何の話かを先に伝える:「来週の予約の話ですが…」。話題が変わるときもそのことを伝える。04 別の手がかりで確かめる(一度聞いただけでは内容が確定しないこともある)→ 言い換える・文字で示す・確認する:「午後2時です」とメモ「14:00」で日時を一緒に確認する。「分かりましたか?」だけで終わらせず具体的に確認。相手が使いやすい方法を、本人の希望を確かめながら一緒に選ぶ。

拡大して見る(図:仕組みから会話の支援への画像を開きます)

図:仕組みから会話の支援へ

この図では、これまで学んだ音やことばの特徴が、どのような工夫につながるかを見てください。

ただし、一つの困り方に対して、いつも一つの正解があるわけではありません。同じ人でも、場面や疲れ具合、話題によって、利用しやすい方法は変わります。

「もう一度、同じように言ってほしい」
「少し区切って話してほしい」
「文字で見せてほしい」

本人の希望を聞きながら、伝わりやすい方法を選びます。聞き手が方法を説明しにくいときは、話し手から選択肢を示して、一緒に試すこともできます。

このページで見てきた仕組みは、その方法を考えるための手がかりです。難しい用語をすべて覚えてからでなければ、支援できないわけではありません。

利用しやすい手がかりを増やし、必要なところを一緒に確かめる。

ことばの理解を支えるのは、聞き手の力だけではなく、話し手の伝え方と、互いに調整できるやりとりでもあります。

この部で使った用語

本文中の点線の下線が付いた用語は、押すと説明を開けます。ここには、この部の本文・図・表に出てくる用語をまとめています。

母音(ぼいん)
口の通り道を強く閉じたり狭めたりせず、響きの違いで区別する音。「あ・い・う・え・お」など。
子音(しいん)
空気の通り道を閉じたり狭めたりするなどして作る音。「か」の最初の音[k]など。
文脈(ぶんみゃく)
前後のことばや話題、状況など、意味を考える手がかり。
手話(しゅわ)
手や体の動き、表情などの視覚的な表現を使う言語。音声の口の動きを読む読話とは異なる。

参考資料

この部の説明を確認するために参照した資料です。リンク先は外部サイトで、新しいタブで開きます。